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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)8036号 判決

原告 国

訴訟代理人 武藤英一 外二名

被告 三菱商事株式会社 外二名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判。

一、原告指定代理人等は、

「被告三名は各自原告に対し一、三六三万七、九七五円九二銭及びこれに対する被告三菱商事株式会社は昭和二七年一月二二日から被告山口総男、同藤原英三は同月二一日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告三名の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

二、被告等訴訟代理人等は、主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、被告等の業務等。

(一)  被告三菱商事株式会社は、太平商工株式会社(以下、太平商工という。)外三会社を昭和二七年四月二三日合併して設立された東京貿易株式会社外二会社を昭和二九年七月二三日合併し、太平商工、東京貿易株式会社の権利義務の一切を承継したものである。

(二)  日本政府は昭和二一年九月二〇日当時日本国を占領していた連合国軍の米第八軍より「LD(Letter of Direction)三五 」により二重煙突二五万呎の調達を命ぜられたので、所轄庁である戦災復興院は右調達要求に応ずるため昭和二一年一二月九日足利板金工業組合との間に、同組合が二重煙突二五万呎を代金四、〇〇〇万円で昭和二三年三月三一日迄に納入するとの物品供給契約(甲第六号証。)を締結した。

右納入は五万呎づつ五回にわたつてなされたのであるが、資材等の関係により、納期は延期され、又物品税率の改正、資材の公定価格の改正等により契約代金も変更された。

しかして、昭和二二年九月、同年法律第七八号特別調達庁法に基いて公法人たる特別調達庁(以下、調達庁という。)が設置され、戦災復興院の所管事務を引継いだので右契約上の権利義務を承継し、又一方において、昭和二三年四月一六日、足利工業株式会社(以下、足利工業という。)が設立され、足利板金工業組合の権利義務を承継した。

(三)  調達庁は連合国軍の要求に係る物資を調達する事務を処理していたが、連合国軍から調達要求のある物資は多種多様であり、その数量も莫大なため、物資の集荷、輸送、保管、納

入、製造業者との連絡等の役務を同庁の職員のみで処理することは到底できなかつたので、特定の業者といわゆる役務代行契約を締結して前記役務を請負わせ、調達庁に代つて代行させていたが、太平商工との間にも昭和二二年九月一日役務代行契約(甲第一号証の一)を締結した。その後右契約は乙第一一号証の一ないし四の各更改契約書によつてその内容が一部変更され、又期間が延長されたが右契約によつて太平商工の行う役務はその前後によつて変更はない。

(四)  右契約は包括的であつて同契約書(甲第一号の一)第二条に基き、調達庁が太平商工に指示して始めて具体的に太平商工の役務が定まるものであるところ、調達庁は昭和二三年五月二〇日太平商工に対し、前記調達庁と足利工業との契約にもとづく二重煙突第三回分以後の製品の輸送代行を指示した。

右の輸送代行は右契約書の集荷、荷捌、輸送、保管、納入のすべてを包括した意義であつて、後記のとおり太平商工は先ず右二重煙突の生産者足利工業から完成した二重煙突を受取り、次いでこれを保管するのであるが、その業務の実施は、右契約条項及びこれに基く納入代行業務実施要領(甲第一号証の二。)に従つてこれを行うのであり、右実施要領によれば、太平商工は、「業者の庭先において当該資材を受領して、この受領書を業者に交付する。なお、この場合代行業者は特別調達庁の検査員に嘱託せしめられた職員をして、検査の上、検査調書(原本一部、写二部、計三部)を発行せしめ、

これを業者に交付しなければならない」(Aの四)のであり、「この検査調書は業者が代金請求の時これを添付しなければならない」ことになつている。すなわち、太平商工は、業者の庭先において現品を受領した場合には、調達庁の検査員に嘱託された職員をして現品の規格、数量等を調査させて、検査調書を発行させ、これを業者に交付する義務を負担すると同時にその反面において、まだ現品を受領しない間は検査調書を発行させたり、検査調書を業者に交付したりしない義務を有するものである。けだし、業者から検査調書を添付して代金支払の請求があれば、調達庁では、調書記載の品目、数量が納入せられたものとして、これに対する代金を直ちに支払うことになつていたからである。

(五)  被告山口は、当時太平商工の常務取締役であり且つ調達庁の検査員を嘱託された公務員であり、被告藤原は、太平商工の特別調達部長代理の職にあつた職員で、被告山口の検査事務を補助し、事実上同人に代つて検査調書を作成し、これを業者に交付する等の事務を処理していたものである。

二、足利工業の不法行為

昭和二三年一二月中旬足利工業は調達庁に対し、同月一四日付支払請求書に嘱託検査員である被告山口の発行した物品納入検査調書を添付して二重煙突五万呎の納入代金として四、一〇七万六、八五〇円の支払請求をしてきた。右検査調書には、足利工業において検査したところ、納入物品は、註文書の規格に適合し、その数量は、二重煙突角型一万五、〇〇〇呎、同丸型三万五、〇〇〇呎合計五万呎であることを証明する旨の記載があつたので、「調達庁では右検査調書の記載を信頼して支払証明書を発行し、それに基き原告国は、同月二九日訴外会社に対して前記請求代金全額を支払つた。ところが翌二四年一月に調達庁の係官が足利工業に赴き実地監査を行つたところ、納入品は、被告山口の発行した検査調書記載の数量に二万八、一七六呎不足し原告国は、右不足量に相当する代金二、〇八〇万七、六三〇円一六銭の過払をしたことになり、右過払金に相当する損害を蒙つた。

そこで調達庁は直ちに足利工業に対し、前記物品供給契約の未履行部分について解除の意思表示をすると共に足利工業及びその役員等と交渉し、極力右損害の補填すなわち過払金の回収に努めたところ、昭和三三年六月一二日迄の間に、合計七一六万九、六五四円二四銭の返済をうけただけで残額一、三六三万七、九七五円九二銭については支払がない。しかも足利工業及びその連帯保証人である同社の役員も資産がなく、右残額を返済する能力がない。

三、被告等の不法行為責任

(一)  本件検査調書の作成並びに足利工業に対する同調書交付の経緯は、次のとおりである。

足利工業は、前記のとおりいまだ二重煙突五万呎が完納されていないにもかかわらず、納入されたと詐つて代金の支払いを受けたが、それには手続上検査員の作成した物品納入検査調書を請求書に添付する必要があり、又それで十分であつた。よつて右訴外会社は、昭和二三年一二月一六日社員羽鳥元章をして被告山口の補助者である被告藤原に納入物品が完成していない事情を明かにして検査調書の発行方を依頼せしめたところ、被告藤原は、その請託を容れ、現物について何らの検査をすることなく被告山口名義で数量五万呎を検査し、右は、註文書に適合する旨の内容虚偽の検査調書を作成の上訴外会社に交付したものである。(この点について被告等は、第八回準備書面、第一の(二)の(イ)において否認しているようであるが、すでにこの事実は認められているのであるから-3W第二回準備書面第二の一の(1) -いまさら右自白を撤回することは許されない)

(二)  被告藤原は、嘱託検査員たる被告山口の補助者として誠実に事務を遂行すべき義務を負いながら、前記の如く、不法にも内容虚偽の本件検査調書を作成し、さらにこれを太平商工の職員としてこれを足利工業に交付したのである。しかも同被告は羽鳥元章から事情を明かにされたのであるから、足利工業が直ちに右検査調書を請求書に添付して調達庁に代金支払の請求をするものであることは勿論知つていたのであり、又当時の調達庁の支払手続として、調達庁は、業者から検査調書を添付して代金支払の請求があれば、調書記載の品目、数量が納入せられたものとして、これに対する代金の支払証明書を作成して原告国の支出官に提出し、支出官は、右証明書の提出があれば証明書記載の金額を支払うことになつていたことをも十分熟知していたのである。

被告藤原から内容虚偽の検査調書を受けとつた足利工業は、前記のとおり右調書を添付して調達庁に代金の支払を請求し、これにより原告国がその支払をなし、よつて原告国は、前記の如き損害を蒙つたのであるから、被告藤原は、内容虚偽の検査調書を作成し、これを訴外会社に交付したことにより足利工業の不法行為に加功したものであるといわねばならないから、原告に対し前記損害を賠償する義務があるものである。

(三)  被告山口は、前記のとおり調達庁の嘱託検査員として公務員の資格を有し、納入物品を検査の上、検査調書を作成し、これを太平商工に交付することをその義務としていたものである。しかるに同被告は、自らその職務を行うことなく、公務員でない被告藤原を私的な補助者として使用し、自らの職務の遂行を補助させていたのである。従つて、被告山口は、被告藤原との間には直接の雇傭関係はないとはいえ、検査調書の作成及びその太平商工に対する交付の事務については、被告藤原を指揮監督して自己の職務を補助せしめたのであるから、被告藤原の使用者であるといわねばならず、民法第七一五条により、前記被告藤原の行為によつて原告国の蒙つた損害を賠償する義務がある(被告山口と被告藤原との関係は前述の如く私法上の関係に過ぎず、公務員の上司と下僚との間におけるが如き公法関係でないことはいうまでもない)。

(四)  検査員の作成した検査調書を検査員から受領してこれを足利工業に交付することは、前記のとおり太平商工の業務である。従つて、被告藤原が内容虚偽の検査調書を足利工業の社員羽鳥元章に交付したことは、太平商工の職員として、同会社の業務の遂行としてなしたものであるから太平商工は民法第七一五条により、前記被告藤原の行為によつて原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

四、被告会社の債務不履行責任。

仮に被告等の不法行為責任が認められないとしても、被告会社は原告国に対し、債務不履行による責任を負うものである。

即ち

被告会社の前身である太平商工は、すでに述べたように役務代行業者として、業者の庭先において納入物品を受領する場合には、検査員たる被告山口をして納入物品を検査させ、検査調書を発行させてこれを業者に交付する義務があると同時に、まだ納入物品を受領しない場合に検査調書を発行させたり、調書を業者に交付したりすることはできないのであつて、太平商工は、作為義務と不作為義務を負担しているのである。しかるに太平商工は、前記のとおり被告山口をして検査せしめず、しかも現品を受領せずして検査調書を足利工業に交付しているのであるから、右太平商工の行為は、明らかに前記債務の不履行に該当するものである。原告国は、太平商工の右債務不履行により、前記の如き損害を蒙つたのであるから、同会社は、その賠償の義務があるものといわなければならない。

五、原告国の損害賠償請求権

(一)  特別調達庁法(昭和二二年法律第七八号)によつて設置された調達庁は、独立の人格を有する法人であるが、基本金又は運営資金を有せず、その一切の建造物、設備及び物資又は役務に対する支払は、その物若しくは役務を需要し、又はこれが支払の責に任ずる各庁関係の議会の議決を経た予算のうちからこれをすることになつている(同法第三条第一項)。しかして、支払の手続としては、調達庁が調達を要求する権限ある各庁のために物又は役務の調達を行うときは、事務又は物若しくは役務の数量及び価格並びに支払を受けるべき供給者を示す証明書を同時に支払の責に任ずる各庁に提出しなければならず(同条第二項前段)原告国は、調達庁から支払証明書の提出があれば証明書記載の金額を記載の供給者に支払うことになつているものである。

連合国の需要する調達に関する業務について、調達庁が契約当事者として契約した場合の物資又は役務に対する支払は、国がこれをすることは法定されているのであり調達庁の職員が欺罔されて支払証明書を発行した後における国の支払は、右の法の規定による事務的な支払業務にすぎず、調達庁の職員が欺罔されれば、ひいては国の支出官が欺罔される結果を招来するものであるから、支払を行つた国自体が不法行為の被害者であるといわねばならないのである。このような次第で原告国は、前記の如き損害を蒙つたのであるから、被告等は、原告国に対して右損害を賠償する義務がある。

(二)  太平商工は、前記の如く法人である調達庁との間に締結した役務代行契約に基く債務の履行を怠つたものであるが、右債務不履行により損害を蒙つたのは、原告国である。しかしながら調達庁は、その設立の頭初から国の事務を行うことを目的として設立せられ、国と繋密一体の関係にあるのみならず、太平商工との間の役務代行契約に基く代行手数料等は、国が直接支払の責に任ずるものであり、代行される業務は、結局において国の業務なのであるから、右代行契約については、国は、第三者ではなく、契約当事者に準ずる地位を有するものとして、契約の効力を受けるものである。従つて、役務代行契約に基く債務不履行により国が損害を蒙うた場合には、国は、直接債務不履行を理由として損害の賠償を求めることができると解するのが相当である。

(三)  仮りに原告国が被告等の不法行為の被害者及び役務代行契約の当事者に準ずる地位を有するものと解せられないとしても、原告国は、特別調達庁設置法(昭和二四年法律第一二九号)附則第五項により昭和二十四年六月一日に、法人たる調達庁の有していた被告等に対する損害賠償請求権を承継したので、被告等に対してその履行を求めるものである。

六、結論

以上の通りであるから原告は被告三名に対し、不法行為に基く損害賠償として各自一、三六三万七、九七五円九二銭及び之に対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、仮りに右が認められないとすれば、原告は被告三菱商事株式会社に対し、債務不履行に基く損害賠償として、右同額の支払いを求める。

第三、被告等の答弁

一、原告の請求原因一、(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)の事実中原告主張のように調達庁が、太平商工に対し輸送代行の指示をしたことは認めるがその余の事実は争う。同(五)の事実は認める。同二の事実中、原告主張の頃、足利工業が被告山口発行名義の原告主張の通りの記載ある物品納入検査調書を添付して調達庁に原告主張の代金請求をしたこと、調達庁が右請求代金の支払証明書を発行したこと、原告がその主張の日に足利工業にその主張の金額を支払つたこと、右支払当時、足利工業の納入品が原告主張の通り不足していたこと、原告が、足利工業等から、その主張のとおりの支払を受けたこと、はいずれも認めるが、その余の事実は争う。損害の発生時期は過払金回収不能額確定の時と解すべきである。同三(一)の事実中足利工業が二重煙突五万呎の完納前に代金支払いをうけたこと、右代金請求の手続に検査員の作成した物品納入検査調書を請求書に添付する必要のあること、原告主張の日に足利工業の社員羽鳥元章が被告藤原を訪ね検査調書の発行万を求めたこと、被告藤原が被告山口名義で二重煙突数量五万呎を検査した旨の検査調書を足利工業に交付したことは認めるがその余は争う。被告等は第二回準備書面において羽鳥が被告藤原を訪ね、「調達庁の年末における納入代金請求書の締切日は、一二月一四日でもはや締切後ではあるが同庁の係官に特別の取計いを依頼済みであり一二月中には必ず納品を完了するし必要ならばその旨の念書も差入れるから直ちに検査調書を発行してもらいたい。」旨の申入れをなした、と述べたが、右羽鳥の申入れの趣旨は二重煙突五万呎は既に完成しており一二月中に渡すから現品を見ることを省略して検査調書を発行してもらいたい、というのであつて、原告主張のように被告等の自白となるものではない。

同(二)の事実中被告藤原が嘱託検査員被告山口の検査事務の補助に当つていたこと、足利工業が調達庁に代金請求をしてその支払いをうけたことは認めるが、その余の事実は争う。同(三)の事実中被告山口が調達庁の嘱託検査員であり、公務員たる身分を有し、納入物品の検査に関する事務を嘱託されていたこと、被告山口が被告藤原を右事務の補助者として使用していたことは認めるがその余の事実は争う。同(四)及び同四の事実はすべて争う。同五、(一)の事実中調達庁が特別調達庁法によつて設置された法人であること、同法第三条第一、二項に原告主張のような規定のあることは認めるがその余は争う。同(二)の事実中太平商工と法人たる調達庁が役務代行契約を締結したこと、調達庁が原告主張のような目的で設立されたこと、右役務代行契約に基く手数料等の支出は国がなすことは認めるが、その余の事実は争う。同(三)の事実中調達庁の権利義務が原告主張の法条によつて国に承継されたことは認めるがその余の事実は争う。

二、(一)調達庁と太平商工との間の役務代行契約について。

原告は「納入代行実施要領」(甲第一号証の二)が調達庁と太平商工との間の役務代行契約の内容をなしていた旨主張するが、右契約締結の際、調達庁と太平商工とは契約書(甲第一号証の一)記載の内容について合意したのみであり、後日右納入代行業務実施要領を協定したり又は代行業務実施上の細目を調達庁の指示に委ねることを約したこともないから右実施要領は右契約の内容をなすものではない。

又原告は昭和二二年一一月頃右実施要領の説明会を催した旨主張する如くであるが、太平商工から右説明会に出席したものはなく、甲第一号証の二記載の「管轄支局」なる局は昭和二二年一二月中旬以降設置登記され、その実際の事業は昭和二三年春になつてからなされたものであつて、右説明会が催されたとは考えられず、仮りに右説明会があつたとしても、右実施要領が調達庁と太平商工との契約の内容をなすものでないことは、契約書(甲第一号証の一)には調達庁及び太平商工の代表者の署名があるのに反して、右実施要領記載の文書(甲第一号証の二)に右両代表者の署名なく右交書が配付されたのは契約成立後数ケ月経てからであること、又右実施要領の内容が後日納入代行業者の承諾なく改められていること(乙第六号証の二)からも明かである。

右実施要領は調達庁が役務代行業者の代行業務実施につき調達庁側の希望事項を一方的に記載したものに過ぎず、太平商工が調達庁との契約でなす役務は契約書第一、二条に明かなとおり「集荷、荷捌、輸送、保管、納入」等の役務の内調達庁から指示されたものであり、調達庁の太平商工に対する指示は本件二重煙突の輸送代行である(乙第一〇号証)から、太平商工の役務の内容は輸送及びそれに付随する業務であつて「検査」及び「検査調書の発行交付」は太平商工の役務でなく、右は調達庁の係官たる検査員又は同庁から嘱託された公務員たる資格を有する嘱託検査員によつてなされることとなつていたのである。このことは前記契約書第二条後段に「乙(太平商工)は前条第二号の役務施行のときは資材及び其梱包に対し検査済なることを確認の上実施する」とあり、太平商工の業務の施行前には「検査済」となつていることからも明かである。

又従来は検査員が検査し、検査調書を直接納入業者に交付していたのであり、現に本件二重煙突についても昭和二二年一二月一日納入の五万呎は総理庁技官明野徳夫が、昭和二三年四月一〇日納入の五万呎は同庁技官木崎実がそれぞれ検査し、検査調書を直接足利工業に交付しているのであり、原告主張の納入代行業務実施要領のAの部の第四項は右従来の実際上の取扱とも異るものである。

三、足利工業が昭和二三年一二月中旬調達庁に対し二重煙突第五回分五万呎の代金の請求をし、原告からその支払いをうけた行為は不法行為を構成するものではない。

調達庁と原告国とは別個の法人格を有するものであるが、原告主張のように調達庁が原告国と緊密一体の関係にあり、実質上原告国の機関と同視しうべきものであるとすれば、以下に述べるような事情からも足利工業の不法行為は成立しない。

当時調達庁は、連合軍から調達命令について厳重な督促をうける一方、業者の金融難が甚しく製品の納入が遅れがちであつたため、業者の資金繰りの円滑化を幾分なりとも援助し、納品の促進をはかる趣旨から書類を形式的に整えることによつて製品完成前でも代金を前渡金的に支払うことが多かつた。

本件二重煙突についても検査調書は昭和二二年三月二〇日付、同年七月二九日付、同年一二月一日付及び昭和二三年四月一〇日付をもつて、それぞれ五万呎分づつ作成されているが、これは足利工業からの懇請により同社の資金不足の窮状を察し、右二重煙突の製造が未完成であることを知りながら調達庁の係官自ら、又は嘱託検査員に命じて作成せしめたもので、常に五万呎が右各時期に完成していたものではなく、右第四回分について詳論すれば右昭和二三年四月一〇日付検査調書は調達庁促進局木崎実技官が作成したものであり同調書には、同年四月九日五万呎の二重煙突を検査した旨記載されているが、右検査調書を添付して足利工業が調達庁に代金の請求をしたのは右検査日の前日たる同月八日となつているのであり(乙第一七号証の一ないし五)又は右五万呎の内角型三、九一六呎が未納であつた。本件二重煙突の第五回分の代金支払いも、元戦災復興院次長の地位にあり、当時の調達庁庶務部長滝野好暁、契約局次長石破二朗、経理局第二課長横田広吉、同局出納課員吉田利作等のかつての上司であり当時足利工業の顧問であつた大橋武夫が昭和二三年一一月同訴外会社の専務取締役であつた高橋正吉と共に調達庁に赴き、右係官等に対し、本件二重煙突五万呎の代金を同訴外会社に速かに支払うよう陳情したこともあつたため、調達庁は足利工業の右代金が請求された当時、二重煙突五万呎が完成しているか否かを問題とせずに右代金支払いの手続をなしたものであつて、足利工業が右代金請求に添付した検査調書を信頼したからではない。このことは、足利工業が融資をうけていた第一銀行足利支店に提出するため、昭和二三年一二月六日、二重煙突代金四、二二二万二、七五〇円を同月二八日迄に支払わるべき旨の支払証明願を支出官たる調達庁経理局長加藤八郎に提出し、同日その証明をうけたが、当時右二重煙突が一部しか納入されておらず、又右金額は契約金額でなく増額申請が認められる場合の金額であること、及び、次に述べるような右検査調書後記発注依頼書、変更注文書の成立訂正過程、各関係書類の訂正の態様その相互矛盾にも拘らず本件代金の支払いがされたことからも明かである。

(一)  足利工業が代金支払請求書に添付した物品納入検査調書の成立過程について。

足利工業が昭和二三年一二月中旬調達庁に対し、二重煙突五万呎の代金請求書に添付した検査調書は、作成名義人は被告山口となつており、その内容は被告山口がLD番号「LD五七」追加注文番号「六三〇号」の納品につき昭和二三年九月三〇日に現品を検査したものとして同日付をもつて作成したこととなつているが、右検査調書の成立過程は次ぎのとおりである。即ち、

一、で述べたとおり昭和二三年一二月一六日足利工業の社員羽鳥が被告藤原に検査調書の発行方を求めたが、被告藤原は、足利工業の二重煙突の第一ないし四回の納品が順調になされているのみならず、右申出のあつた第五回分五万呎の一部は既に同年一一月九日に納品となつていることではあるし、調達庁が厳重な資格審査の上巨額の契約を締結した足利工業を信用し、殊に同庁では一二月一四日以降支払請求書を受付けないのにも拘らず同月一六日に同庁係官の了解がえられた事実も考え、羽鳥の前記申出を承諾し、納品件名を二重煙突「LD-三五」(注文書〈復〉六三〇号)とし、数量五万呎を同月一日検査した旨の検査調書を同日付被告山口名義でもつて作成し、同訴外人に交付した。

足利工業は同日右検査調書を添付して調達庁に対し、右二重煙突の代金支払請求書を提出したところ、右検査調書に記載の「LD三五」の指令は昭和二三年八月一一日付指令「LD八〇」によつて取消され、そのため調達庁と足利工業との間の註文番号「六三〇号」の註文書による契約も解消に帰し、右契約に基く代金の支出は会計手続上不能であつたので、年末に際し金員の必要に迫られていた足利工業は調達庁の係官に懇請したところ、同係官は後述のとおり右訴外会社に対しLD番号「LD五七」の追加として註文番号「六三〇号」Aの註文を新規に起し、その契約に基く納品代金として支払に応ずることとし、被告藤原が作成した前記検査調書中LD番号「LD三五」とある箇所を「LD五七追加」と訂正し、検査及び検査調書作成の日付中「一二月一日」とあるのを「九月三〇日」と訂正した上促進局生産促進部管工事資材課員技宮石井英夫は昭和二三年末迄二重煙突の製造の完了が不可能であることを知つていたにも拘らず当時調達庁に派遣されていた太平商工の駐在員斉藤賢治に右訂正部分に被告山口の訂正印の押捺を命じたので、斉藤から右命令の伝達をうけた被告藤原は調達庁の係官の命令であるため疑問を抱かず、又訂正の理由を判断する余裕もなく右訂正箇所に被告山口の訂正印を押捺して返還したのである。

(二)  足利工業に対する本件代金支払の根拠となつた変更註文書及び発注依頼書の成立過程について。

足利工業が昭和二三年一二月五日、「LD三五」の指令による二重煙突(註文番号第六三〇号)の当初の契約代金の増額を調達庁に対し申請したところ、同月八日同庁契約局需品部工事資材契約課において増額に関する伺文書(第六〇九号)を起案し、経理局に回付したところ、同局においては「LD三五」は既に「LD八〇」によつて取消されており、従つて「LD三五」を調達の根拠とすることは不適当であるとなし、この増額に関する伺文書の末尾に「LD三五」による請求を取消し新に枠外の新註文書を発行すべき旨追書をなし、加藤経理局長、松永予算課長、横田経理第二課長がこれに捺印した。次いで右文書は副総裁、総裁に回付され、中村副総裁は「LD三五」を支払の根拠とすることも差支えない旨見解を示したが、経理局は前記見解を固執したため、経理局の前記追書は抹消されないまゝで一応総裁の決裁印をうけたが、中村副総裁から調整局長に対し、自分の決裁は延期する旨話があり、この留保された点は改めて理事会を開催して意見の調整を図ることとなり、同月二八日に緊急理事会の開催が予定されたが、開かれずにいたところ、同日午後に至り横田経理第二課長が技術局長に対し、既に支払の方針が決定しているのに技術局で事務処理を停滞しているのは遺憾である、至急「LD五七」追加としての発註依頼書を同局より契約局に回付されたく、その上で契約局において変更註文書を作成すれば、足利工業に対する支払いを年内に了することができ、この点は、既に関係者一同了承済である旨申入れたので、技術局においては直ちに一二月一六日付(増額伺決裁の日に遡らせた)「LD五七」追加に基く発註依頼書を契約局に送付し、同局管工事資材契約課員大曽根朝重は前記石井から二重煙突の年内完成が危ぶまれる事情を聞き知つていたのにも抱らず右発注依頼書に基き変更註文書(乙第八号証の二)を起案し、之を経理局に送付した。しかも昭和二四年一月一四、五日頃に至つて、契約局は日付を昭和二三年一二月一六日に遡及させ、「LD五七」追加に基づく註文番号「六三〇号A」なる註文書(乙第一四号証の一七)を作成し、その頃足利工業に交付しているものである。

(三)  足利工業に対する本件代金支払の根拠となつた関係書類の訂正、矛盾について。

足利工業に対する本件代金支払いの根拠となつた関係書類は後日適当に訂正された事跡が明かであり、又矛盾も多い。

例をあげれば、

(a) 前記検査調書についてみれば、註文番号「六三〇号」と、LD番号「LD三五」とは一体をなしているのにもかかわらずLD番号のみが「LD五七」追加と訂正され又検査及び右調書作成の各日付は一二月一日とあつたのを九月三〇日と訂正されたが、「LD五七追加」にもとづく前記発注依頼書は昭和二三年一二月一六日付であり、発注品の納期は同月三一日となつているから、その納品についても同年九月三〇日に検査し、その調書を作成するということとは矛盾するのである。しかも右訂正はカーボン紙に書かれたものを色調の異るボールペンを用いた不自然な方法によつてなされている。

(b) 昭和二三年一二月二八日技術局から契約局に宛てて発せられた前記発注依頼書は発信日付一二月二八日が同月一六日と訂正され、(c)前記変更註文書(乙第一四号証の一七)の発行日付納入時期の空欄に夫々一二月一六日、一二月三一日とボールペンで記入され、(d)増額承認の原議書の決裁日付も空欄にボールペンで記入され、(e)しかも足利工業が提出した増額申請書に付した決裁書類は一二月五日付とされ、(f)更に代金請求書受理原本には請求書を受理した日及び支払証明書を発行した日として昭和二三年一二月二八日と記入されてあるが、(乙第一四号証の四)(g)右受理書控には右支払証明書発行日一二月二八日とあつたのが一二月二〇日と訂正され(同号証の五)、又(h)支払証明書もその発行日付が一二月二八日から、一二月二〇日と訂正され、かつLD番号は「LD五七追加」としながら契約番号は「六三〇号」となつている。(乙第一四号証の六)

(四)  足利工業に対する本件代金支払手続について。

足利工業が昭和二三年一二月一四日付をもつて調達庁に提出した代金支払請求書には、請求金総額が四、一〇七万六、八五〇円と記載され、右請求書に添付された前記訂正後の二重煙突の数量に相当する総金額より五六〇万円過剰であつたのにも拘らず、右書類を受理した調達庁経理局第二課需品第一係長真木定夫は、足利工業に対し請求書受理書を交付し、他方支払証明書を起案し、之に支払証明発行伺と請求書受理書控とを添付して経理第二課長横田広吉に廻付し、同課長は経理局長加藤八郎の決裁をうけることなく、その支払を命ずる書類を出納課に廻付し、出納課課長補佐吉田利作は国の支出官たる加藤八郎の決裁をうけることなく、官庁事務を執らぬこと一般である昭和二三年一二月二九日に足利工業に対し、右支出官名義で支払いを了した。

(五)  以上述べた事実から明かなとおり、調達庁が足利工業からの本件代金支払請求に対し、支払証明書を発行したのは、本件検査調書記載の製品の数量を信じたためでなく、右検査調書の証明力を無視し、足利工業が二重煙突第五回分五万呎が現に完成しているか否かを問題とせずになしたものであるから、足利工業の調達庁に対する原告主張のような欺罔行為は存在せず、調達庁と原告国とが一体をなすものとすれば足利工業が原告国から右代金の支払いをうけたことは不法行為となるものではない。

猶昭和二四年一月に至り、調査が行われたのは数量に疑念を抱いたからではなく、前述のとおり代金支払の手続が当時の中村副総裁等の所見に反して急遽、不穏当な訂正を加え、しかも、上司の適式な決裁を経ず、形式的、辻褄のみを合せて、行われたことに疑念が抱かれたからに他ならない。このことは乙第三一五号証ノ一-四の価格訂正の原議の欄外の記載や、乙第一六号証ノ一-五の会計検査院の保管にかゝる書類綴の内に散見する記述によつて明かである。

四、仮りに足利工業が本件代金の支払いをうけたことが不法行為となるとしても被告等は責任を負うものではない。

(一)  被告藤原は足利工業の不法行為に加功したことはない。

三、(一)に述べたように、足利工業が本件代金請求書に添付した検査調書は被告藤原が羽鳥の依頼に応じて発行した検査調書を後に訂正したものであるが、前記訂正の内容から明かなとおり、訂正の前後においては文書の同一性はなく、又三(二)で述べたとおり、足利工業に対する本件代金支払の根拠となつた註文書は当初の「LD三五」に基く註文番号「六三〇号」から「LD五七」追加に基く註文番号「六三〇号A」に変更されたが、右「LD五七」の指令中には二重煙突なる品物の記載がなく、従つて右指令に基くものとして二重煙突の再註文を発しえなかつたのであるから、昭和二三年一二月二八日当時右変更後の註文書に相当する契約は成立しなかつたと考えるほかなく、仮りに成立したとしても、当初の契約との同一性はないのである。しかして被告藤原は、前記検査調書の発行及び訂正の当時二重煙突五万呎が完成しているものと信じていたのであり、又その訂正は調達庁の係官の命によつて訂正印を押捺したのにすぎないのであるから訂正後の検査調書は被告藤原の意思に基いて作成された文書ではなく、その上、被告藤原は訂正後の検査調書が前記新契約に基く製品の代金請求書に添付させようとする意図もなく又そのように添付利用されるかも知れないとの注意をするにも由のないところであつた。

以上のとおり、被告藤原の検査調書の発行及び訂正と、足利工業の不法行為とは因果関係がなく、且つ被告藤原には足利工業の不法行為に加功する意思もなく、過失によつて加功したものではないから、被告藤原は原告に対し不法行為責任を負うものではない。

従つて被告藤原の不法行為の成立を前提とする被告山口及び被告会社の不法行為責任は成立するに余地ないものである。

(二) 仮りに被告藤原に不法行為があるとしても、被告山口に使用者責任はない。

被告山口は調達庁から検査員を嘱託された者であるが、右検査事務に関する限り同庁の職員として特別調達庁法第一四条第三項に基き官吏に関する一般法令に従うべきものであり、検査員たる地位は公法上の資格であるから、被告山口が右検査事務を被告藤原に補助させていたとしても民法の適用はなく、被告山口は被告藤原の行為について同法第七一五条の使用者責任を負うものではない。

(三) 仮に被告藤原が足利工業の不法行為に加功したとしても被告会社は使用者責任及び債務不履行はない。

二、で述べたとおり「納入代行実施要領」は調達庁と太平商工の役務代行契約の内容となつていたものでなく、太平商工は検査調書を検査員から受領してこれを足利工業に交付することはその業務ではなかつたから仮に被告藤原の前記検査調書の発行及び訂正が足利工業の不法行為に加功することになるとしても太平商工は使用者責任を負うものではなく、又調達庁と原告国とは別個の法主体であるから、調達庁と太平商工間の契約は原告国に対して及ぶものでなく、原告国は右契約違反を理由として被告会社に対し債務不履行に基く損害賠償請求権を有するものではない。

(四) 猶原告国と調達庁とは別個の法主体であつたところ、特別調達庁設置法(昭和二四年法律第一二九号)付則第五項により原告国が調達庁の権利義務を承継したこと原告主張のとおりであるが足利工業に対する本件代金の支払は原告国がなしたものであるから、調達庁に損害はなく、従つて同庁は不法行為及び債務不履行を理由として損害賠償請求権を有したものではないから、原告国の承継もありえず、又前記のとおり調達庁と太平商工との間の契約は原告国に及ぶものではないから、原告国が太平商工、従つて被告会社に対し債務不履行に基く損害賠償請求権を有するものではない。

第四、被告等の抗弁

一、仮りに被告藤原に不法行為が成立し、被告山口と被告藤原との前記関係に民法七一五条が適用され又太平商工が被告藤原の使用者であるとしても、被告山口及び太平商工は被告藤原の選任及び監督について相当の注意をした。即ち

被告藤原は昭和一四年三月東京帝国大学法学科を卒業し、同年四月三菱商事株式会社に入社し、ついで当時の日本海軍に応召し爾来終戦に至るまで厳しい訓練の下に優秀な成績を以て終始し、海軍主計中尉まで進み、帰還後再び右会社の社員となつたもので性質極めて廉直にして注意深く、緻密な頭脳をもち、曽つて仕事上の失策を演じたことなく、被告山口及び太平商工は心から同人を信頼して、自己の仕事の補助又は職務の執行に当らしめ、その執務についても慎重を期して過誤を犯さぬようにと常に訓戒を与えて来たものである。

従つて被告山口、及び被告会社は被告藤原の選任及びその事業の監督について相当の注意をなしたものというべく被告藤原の行為について使用者責任を負うものではない。

二、仮に被告等が原告国に対して不法行為に基く損害賠償義務を負つたとしても右義務は混同によつて消滅した。即ち、

調達庁と原告国とは別個の法主体であるところ、足利工業が本件代金の支払いをうけたことが原告国に対する不法行為になるものとすれば、第三、三、に述べた事実から明かなとおり、調達庁の係官等は故意又は少くとも過失により足利工業の右不法行為を幇助したものである。しかるところ、右係官等はいずれも調達庁の理事の職務上の手足として、その一般的な指揮監督の下に行動し、理事の職務上の行為を補助するいわゆる履行補助者であるから、右係官等の行為は調達庁の行為というべく、同庁は原告国に対し足利工業と共同不法行為者として連帯して損害賠償義務を負うものであり、仮りに右係官等が履行補助者でないとしても、調達庁は右係官等の使用者として、右係官等が調達庁の業務の執行としてなした右幇助行為について原告国に対し使用者責任を負うものと云うべきである。

しかるに前記特別調達庁設置法付則第五項により、同法が施行された昭和二四年六月一日に原告国が調達庁の権利義務を承継したのであるから、右調達庁の原告国に対する損害賠償義務も混同によつて消滅したのである。

しかして仮に被告藤原、被告山口、被告会社がそれぞれ原告国に対し不法行為による損害賠償義務を負うものとすれば、足利工業及び調達庁の原告国に対する不法行為に基く損害賠償義務といずれも連帯関係に立つから右混同によつて被告等及び足利工業の損害賠償義務も消滅した。

猶、調達庁が右混同によつて同庁が原告国に対して負つていた損害賠償義務を弁済したものと看做され、他の連帯債務者に求償権を取得し、その求償権を原告が承継したとしても、前記連帯債務者五者の負担部分は不法行為によつて利得した各自の割合によつて定まるものと解すべきであるから、足利工業が全部他の四者は零となり、原告国は被告等に対し右求償権を主張しうるものではない。

三、仮に調達庁と原告国とが一体をなすものと考えられるとすれば被告等は過失相殺を主張する。

(一)  仮に調達庁が足利工業に欺罔されて支払証明書を発行し、その結果原告国が本件代金の支払いをなしたとしても、足利工業の代金請求及びその支払いの根拠をなした各関係書類の成立、訂正過程並びにその態様は第三、三、(一)ないし(三)記載のとおりであること、右(二)で述べたとおり、足利工業の増額申請に対し中村副総裁が改めて協議をなすべしと命じたのにも拘らず、その協議をすることなく足利工業申請の増額分の支払いをなしていること、前記変更契約書六三〇号Aの契約は金額が二〇〇〇万円以上であるから総裁、副総裁の決裁を必要とするにも拘らずされていないこと、第三、三、(四)記載のとおり調達庁の係官は各関係書類の矛盾訂正の態様を看過して支払証明書を発行し原告国の支出官も右を看過して本件代金の支払いをなしていること、等に徴すれば調達庁及び原告国にも過失があるというべきである。

(二)  損害の発生時は過払金の回収不能額確定時と解すべきところ調達庁の過払金回収の措置も不適切であつた。即ち

調達庁が足利工業に対する過払を発見したのは遅くとも昭和二四年一月一六日であるが、当時足利工業は第一銀行足利支店に無記名定期預金二、〇〇〇万円(五〇〇万づつ四口)があり、その内一口五〇〇万円はその後比較的早期に解約引出されたが、三口合計一、五〇〇万円は同年三月二八日解約される迄同支店に存したのであり、調達庁の係官が足利工業を追究し過払金回収について適切な措置を講ずれば右過払金を回収しえたにも拘らず、放置遷延したためその回収が著しく困難となつたものである。

更にその後昭和二八年二月下旬足利工業の専務取締役高橋正吉はその所有にかゝる東武鉄道株式会社株式三五、〇〇〇株を、社長田中平吉はその所有にかゝる同株式一五、〇三〇株を夫々右過払金返還に充てるために足利工業に提供し、足利工業は同年三月八日右株式を調達庁経理局次長川田三郎に処分方を一任して委託交付し、右川田は値上りをまつて処分するため一時大阪銀行日本橋支店に保護預けをしたのであるがその後これを適当に処分してその代金を国庫に納入することを怠り同年五月六日出納課長石田強治に命じて右高橋正吉の分三五、〇〇〇株を漫然同人に返還させたため右株式は払金の返還に充当されるに至らなかつたものである。

第五、被告等の前記主張に対する原告の主張。

一、調達庁と太平商工との契約内容について。

調達庁と太平商工との間の前記役務代行契約は、その後乙第一一号証の一ないし四の各更改契約書によつてその内容が一部変更され又期間が延長されたが太平商工の行うべき業務については、その前後によつて変更はなく、それは甲第一号証の一の契約書前文及び第一条に示されているとおり、集荷、荷捌、輸送、保管及び納入である。

しかして右の集荷とは生産者から製品を受取ることで本件の場合は二重煙突の生産者足利工業から完成した二重煙突を受取ることをいうのであつて、太平商工の業務はまず二重煙突を受取ることから始るのである。

次に右の保管とは集荷に引続く保管及び輸送に引き続く保管の両者を含んでいるものであり、太平商工は右二重煙突を受取り次いで之を保管するのである。

生産者から物品を受取ることは検査によつて行われ検査の上物品の引渡を受ければ、当該物品は国の所有となる(甲第六号証第二条第四条)から国はこれを保管する必要があり、その保管を甲第一号証の一の契約書によつて納入代行業者たる太平商工に委託していたのである。しかして太平商工の職員で検査員に任命されている者が検査したときには同時にこれによつて太平商工の保管が始るのである。(調達庁の係官が検査員として検査したときには調達庁から検査調書の控を太平商工に送付したとき、右送付は、同時に太平商工に対する保管依頼の趣旨を含み、これにより爾後太平商工が当該物品の保管の責に任ずるものと解される。)

被告等は、乙第一〇号証の指示書に「下記物品の輸送代行を依頼する」との文言のあるところから、太平商工の業務は、輸送のみであるかの如く主張するが、「輸送代行」の語は、前記契約書の集荷、荷捌、輸送、保管、納入のすべてを包括した意義に使用され、別に「納入代行」ともいわれ、これらの語は、輸送のみ、またな、納入のみを指すものとして使用されているものではない。

太平商工の二重煙突に関する業務が輸送のみであるならば、集荷、荷捌、輸送、保管、納入の役務に対して支払われる資材代金の一〇〇〇分の二五(前記契約書第四条により、一〇〇分の三であつたが、昭和二三年七月一日から一〇〇〇分の二五に改定された。乙第一一号証の三、更改契約書参照。)の手数料は、減額されて然るべき筈であるが、そのことがないことは、「輸送代行」の語が右に述べた各役務を包括した意義に使用されているものであることを示している。

右に述べたとおり太平商工は二重煙突を受取り、次いで之を保管するものであるが、その業務の実施方法は、前記甲第一号証の二の納入代行業務実施要領に従つて行うのであり、前記実施要領Aの四は、甲第一号証の一の契約による太平商工の業務の範囲外に新たな役務を追加したものではなく、太平商工は二重煙突を受領するものであるから、その方法を指示したのである。

被告等は、右実施要領は、甲第一号証の一の契約の内容をなすものでないと主張するが、右実施要領に記載されているやり方は、従来やつてきた方法を文章にしたにすぎないものであるのみならず、右実施要領は、昭和二二年一一月初旬大手町野村ビル七階で調達庁が主催して行われた実施要領の説明会の席上で納入代行業者八社全員に配布され、この要領に従つて代行業務を実施すべきことを求められ、八社が了承して散会しているのであるから、この点からして、右実施要領は甲第一号証の一の契約の内容をなしているものであることが明かである。

被告等は、実施要領は参考までに送付されたものであるにすぎないと主張し、前述野村ビルの説明会には太平商工からは誰も出席しなかつたと主張するが、代行業者は八社しかなく、欠席した業者はなかつたのであるから、被告等のこの主張は理由がない。

二、足利工業の本件代金請求が不法行為となるものでなく、仮りに不法行為になるとしても被告藤原に不法行為はないとの被告等の主張について。

(一)  足利工業の本件代金請求に対して、調達庁は添付された検査調書の記載の真実なることを信じて疑わなかつたから支払証明書を発行し、原告国は、それに基いて右代金を支払つたものであつて、被告等の主張する如く、二重煙突五万呎が現に完成しているか否かは意に介せず、むしろ検査調書の記載が真実に符合しないことを知りながら支払つたのではない。調達庁の係官石井英夫、大曽根朝重は本件二重煙突五万呎の製造が完成していなかつたことは知らなかつたのである。

第四回納入分について角型三九一六呎の未納があつたことは被告等主張のとおりである。又それ以前の納入分について納入代行業者の職員の嘱託検査員が検査した分についても検査調書発行当時に一部未納があつたとしても、調達庁としては、検査調書の記載を信じてその記載の品目、数量が納入されたものとして代金支払の手続をとつたのであつて、未納の事実を知りながら、前渡金的な意味において支払つたものではなく本件第五回分の代金支払についても同様である。

調達庁において生産の進捗状況を知ることを担当していたのは、生産促進局生産促進部であつて、二重煙突については、同部管工事資材課が所管課であつたが、昭和二三年暮当時、代金請求書は、経理局に提出され、経理局は、請求書を受取ると他の局(生産促進局を含む。)に廻付することなく、経理局内の所要の課を廻して支払がなされていたのである。ただその後本件二重煙突事件を契機として、昭和二四年一月末頃から、本件類似の事故を防止する趣意から、請求書を促進局にも廻付し、促進局において、業者のそれまでの生産状況とにらみ合せて検査調書記載の数量の確実性を大略ながら黙検することとされたに過ぎない。

従つて、本件支払当時において、代金支払の事務を掌る経理局が検査調書の記載を真実と信じ支払をしたことは明らかなことといわなければならない。

このことは、本件不法行為の発覚の経緯に徴しても明らかである。すなわち、昭和二三年一二月二九日に本件代金を支払つたのであるが、その後、翌二四年一月に至り、その納入数量に不審を抱いた調達庁では、足利工業に係官を派遣して納入数量を実地に検査せしめたところ、はじめて前記の如き一部の未納の事実を発見したので、直ちに足利工業に対して物品供給契約を解除するとともに極力過払金の回収に努めたのであり、一方太平商工に対しても納入代行業者としての責任を問うたところ、同社より甲第二号証の誓約書を差入れたのである。以上の事実は、調達庁が検査調書記載を信じて代金を支払つたことを示すものである。

(二)  被告藤原が被告山口名義で当初作成した検査調書の記載が被告等主張のとおりであつたこと、右調書が後に訂正されたこと及び本件物品供給契約を「LD五七」追加としたことは、被告等主張のとおりであるが、右調書の訂正及び物品契約のLD番号の変更は、単に会計手続の必要上とられた形式的措置に過ぎず、検査調書及び右契約の同一性を損うものではない。即ち、

本件二重煙突の最後の納入分五万呎の納入に先立ち、昭和二三年七月九日連合国軍より日本政府に対してLD八〇号をもつてLD三五号による調達要求品中当時製造を完成したものを除き調達要求を取消す旨通告して来たが、第八軍担当官より商工省に対して打切り困難なものは申出よとの指示があつたので、同省においてそのリストを作成して提出したが、本件二重煙突も同リストに包含されていた。同年八月二日第八軍担当官より二重煙突をLD三五号の取消の例外品として認める旨の口頭の指示があつたので公文書による指示は、その後再三の督促にもかゝわらず、担当官の帰国等の事情もあつて終に間に合わなかつた-)足利工業に対して物品供給契約解除の措置をとらなかつた。

足利工業からの本件代金の請求について、添付された検査調書の記載の真実であることを信じて疑わなかつた調達庁では、前述の如く調達要求及び物品供給契約が有効に存続しているので、物品の納入があつた以上当然代金を支払う義務があり、殊に年末のこととて業者の金融面をも考え、出来るならば年内に支払おうとしたが、終戦処理費から納入代金を支出するには手続上連合国軍の交書による調達要求(LD)の存することが必要とされていたので、本件については前述の如く口頭による調達要求はあつたが、公文書による調達要求の発出が間に合わなかつたので、書類の体裁を整える必要上、LD五七に二重煙突の品物がなかつたが本件物品供給契約を形式上LD五七追加の調達要求に基くものとして取扱うこととし、被告藤原にすでに提出された検査調書を訂正して貰つたのである。(但し石井技官は太平商工に検査調書の発行又は訂正を指示又は依頼したことはない。)

以上述べた如く本件物品供給契約をLD五七追加に基くものとし、又検査調書を訂正したのは、足利工業との間に新たな物品供給契約を締結したのではなく、唯既存の有効な物品供給契約の履行として納入された物品の代金を支出するために会計手続上の必要からかゝる形式をとつたに過ぎないのであつて、このために本件物品供給契約が別個の契約になつたわけでもなければ、又検査調書が別個の内容の文書になつたのでもない。被告藤原は足利工業株式会社の請託を受けて二重煙突五万呎の納入されていないことを知りながら内容虚偽の調書を作成交付したのであり且つ前記訂正は単に命ぜられるまゝに機械的に訂正箇所に訂正印を押したのではなく、訂正の趣旨を十分諒解して自ら訂正したのであるから、訂正により被告等の責任がなくなつたものということはできない。

(三)  本件代金支払の支払時期及びその決裁については後記五(一)のとおりである。

三、被告山口、太平商工が被告藤原の選任及びその事務執行につき相当の注意をなしたとの主張は争う。被告山口は太平商工の業務に忙殺され検査業務については一切被告藤原に委ね自らは全然顧みなかつたのである。

四、被告等の損害賠償債務が混同により消滅したとの主張について。

(一)  調達庁の係官に被告等主張のような故意、過失のないこと、すでに述べたところである。従つて、調達庁は、国に対して何ら損害賠償義務を負うものではない。

(二)  さらに調達庁は、国と緊密一体の関係にあり、実質上国の機関であつて、調達庁の予算は、すべて国庫から支出されるのであるから、この点からしても調達庁が国に対して賠償責任を負うことは、あり得ないのである。

よつて、同庁が国に対し被告等と連帯して損害賠償義務を有していたが、右は、混同により消滅しているとの被告等の主張は理由がない。

五、被告等の過失相殺の主張について。

(一)  本件納入代金の支払について調達庁の各担当官に過失はない。本件代金支払の経緯についてはすでに述べたとおりであつて、被告藤原の作成した検査調書の記載に基き支払の義務があると信じた代金について、必要な事務上の措置を講じて、これを支払つたのであつて、その間に何らの過失はない。猶足利工業の提出した前記請求書の金額が二重煙突の代金相当額より五六〇万円多かつたことは認める。

昭和二三年一二月二九日の代金支払についても特に本件についてのみ急遽隠密裡に小切手を振出したものではなく、当時一二月二八日までに支払証明書の発行について内部決裁を了し、小切手認証官の認証を終えたものについては三一日まで小切手振出の事務をとつていたものであつて本件代金の支出決議については昭和二三年一二月二八日経理局長加藤八郎に代つて決裁する権限を与えられていた経理部第二課長横田広吉及び出納課長補佐吉田利作が代決し、同日小切手認証官の認証をえていたので、右支払いをなしたものである。

(二)  過払金の回収は、すでに原告に本件損害賠償請求権が発生した後の措置であるから、仮にその措置について原告に若干当を得ないものがあつたとしても、かゝる事由は、すでに発生している被告等賠償義務者の賠償責任に何ら影響を与えるものではなく、被告等としては、原告の損害回復の措置につき過失ありと主張し、これをもつて自己の賠償責任につき斟酌を求めることはできないものといわなければならない。この点に関する被告等の主張は、それ自体理由がない。

本件過払発見当時に第一銀行足利支店に被告等主張のような無記名定期預金のあつたことは否認する。昭和二四年五月頃調達庁経理局出納課長が上司の命をうけて、足利市に赴き同銀行について足利工業の預金状況を調査したところ、同銀行より残高は殆んどなく、取引は停止しているとの回答をうけたのである。

東武鉄道株式会社の株式五万三〇株を田中平吉及び高橋正吉から担保として預かつていたところ、そのうち三万五、〇〇〇株を右高橋に返還したことは認めるが、右株式は担保として受領したものであつて、代物弁済として受領したものでもなければ又経理局次長川田三郎が処分方を一任されていたものでもない。

と述べた。

第六証拠〈省略〉

理由

一、原告の請求原因一、(一)ないし(三)の事実及び調達庁が、同庁と太平商工との間の本件役務代行契約(甲第一号証の一の契約書)第二条に基き昭和二三年五月二〇日太平商工に対し、調達庁と足利工業との間の物品納入契約にもとずく本件二重煙突第三回分以後の輸送代行を指示したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで本件納入代行業務実施要領(甲第一号証の二)が調達庁と太平商工との間の右役務代行契約の内容をなしていたかどうかについて判断する。

右成立について争いのない甲第一号証の一の役務代行契約の第一三条によれば、右契約書に明記されていない事項については必要の都度調達庁と太平商工とが協議して定めることとされており、右契約内容と成立について争いのない甲第一号証の二の本件納入代行業務実施要領を対照すると、右実施要領は右契約書に明記されていない事項であること明かであるから右実施要領が調達庁と太平商工との間の契約の一環として効力を生ずるには右両者間にその旨の合意が必要であるといわなければならない。

ところで証人濤川馨一、横田広吉、畑中喜員、佐伯茂之の各証言及び被告藤原英三本人尋問の結果(但し後記措信しない部分は除く。)を綜合すると右実施要領の大部分は、調達庁の前身である戦災復興院当時から納入代行業者が同院との間の役務代行契約の履行に当つて現実に遵守してきたものであり、前記のように調達庁が同院の所掌事務を承継した後も同様であつたが、昭和二二年一一月頃納入代行業者が従来太陽商社と、太平商工の二社にすぎなかつたのが、急に六社ふえて八社となつたため、調達庁は役務契約の履行の細則を周知させ、従来の事実上の慣行を明文化して明確ならしめるため、その頃予め右八社の代表者に宛てて案内状を発し、東京都内の野村ビルにおいて、右案内に応じ右各社を代表して来た者に対し、本件実施要領を記載した文書を配付し、調達庁の係官がその内容を説明し、納入代行業務を右実施要領に従つて行うことを要求したところ右各社の代表者は異議なく了承したこと、太平商工を代表して出席したのは同社の特別調達部部長代理であつた被告藤原であることをそれぞれ認めることができ、右事実からすれば、本件実施要領は甲第一号証の一の契約の補充として同契約第一三条に基いて調達庁と太平商工間に効力を生ずるに至つたものと解するのが相当である。

被告等は右実施要領に「管轄支局」なる文言が使われていることから、右支局が設置されたのは昭和二二年一二月中旬以降であり、且つその実際の事業は昭和二三年春になつてからであるから、右説明会が開催されたことは疑問である旨主張するが右実施要領には調達庁の支局が将来開設されることを予定する文言が記載されていること(甲第一号証の二、五註1)と対比して理由のないこと明かである。

又甲第一号証の二の記載から本件実施要領には調達庁と太平、商工の各代表者の署名のないことが認められ、成立に争いがない乙第六号証の二によれば、右実施要領成立の後である昭和二四年一月二九日付をもつて調達庁がその内容を変更する通達を各関係業者に発していることが認められるが、署名のないことは直ちに契約の成否と結びつくものでなく、又変更の通達はその効力が問題となることは考えられるが、前認定を左右するに足りるものではない。

又被告等は調達庁の太平商工に対する本件二重煙突に関する役務の指示が「輸送代行」であつたこと、右契約書(甲第一号証の一)第二条後段の文言をあげ又昭和二二年一二月一日、同二三年四月一〇日の二重煙突の検査が総理庁技官によつてなされ、検査調書も足利工業に交付されていることをあげて本件実施要領Aの四、ひいては右実施要領全体が調達庁と太平商工の契約内容をなすものでない旨主張するもののようであり、調達庁の太平商工に対する本件二重煙突に関する役務の指示が「輪送代行」なる文言によつてなされたこと当事者間に争いがなく、又前掲甲第一号証の一によればその第二条後段に被告等主張のとおり文言のあることが認められ、又成立について争いがない乙第二三号証の二、証人明野徳男、木崎実の各証言から昭和二二年一二月一日、同二三年四月一〇日の二重煙突の検査が被告等主張のとおりであつたことが認められる(但し右明野、木崎は調達庁の促進局の係官として検査した。)が、前掲甲第一号証の一、成立について争いがない乙第一〇号証証人濤川馨一、横田広吉の各証言を総合すると、乙第一〇号証によつてされた前記「輸送代行」の指示は右甲第一号証の一の契約書の第一条二の「輸送」に限られるものということはできず又契約書第二条後段の規定は本件実施要領Aの四と矛盾するものでないこと明かであり、更に本件実施要領が定められ、その中にAの四の規定が設けられたからといつて調達庁の促進局の係官が検査し、検査調書を発行することを排除する趣旨でないことは証人明野徳男、木崎実、石井英夫、横田広吉の各証言を綜合してこれを認めることができるから、前記二回の検査が調達庁の係官によつて行われ、検査調書が直接同係官から足利工業に交付されたことも前認定を左右するものでなく、被告等の右主張はいずれも理由がない。

以上のとおり本件実施要領(甲第一号証の二)は調達庁と太平商工との間の契約であると認めるのを相当とする。

証人徳永康男の証言、被告藤原同山口各本人尋問の結果及び成立について争いがない乙第二〇号証中右認定に反する部分はいずれも措信し難く他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、次に足利工業が、本件代金の支払いをうけたことが不法行為となるかどうかについて考えることとする。

(一)  足利工業が昭和二三年一二月中旬調達庁に対し、同月一四日付支払請求書に、太平商工の常務取締役であり且同庁の検査員を嘱託された被告山口の作成名義にかかる検査調書を添付して、本件二重煙突第五回納入分五万呎の納入代金として四、一〇七万六、八五〇円の支払請求をしたこと、右検査調書には、足利工業に於いて検査したところ納入物品は註文書の規格に適合し、その数量は二重煙突角型一万五、〇〇〇呎、同丸型三万五、〇〇〇呎合計五万呎であることを証明する旨記載されていたこと、調達庁が右請求代金の支払証明書を発行し、原告国が、昭和二三年一二月二九日足利工業に右請求代金を支払つたこと、右代金支払当時右二重煙突の数量が二万八、一七六呎不足していたこと、従つて原告国が二、〇八〇万七、六三〇円一六銭の過払いをした勘定になること、原告国が足利工業及びその役員等から昭和三三年六月一二日迄の間に七一六万九、六五四円二四銭の返済をうけたが残額一、三六三万七、九七五円九二銭の返済をうけていないこと、はいずれも当事者間に争いがない。

(二)  又本件二重煙突の第四回納入分について昭和二三年四月一〇日付で調達庁促進局木崎実技官が検査調書を作成し、同調書に同月九日五万吸の二重煙空を検査した旨記載されているが、角型三、九一六呎の未納があつたこと、それ以前の第一ないし三回の納入分についても検査調書記載の数量に不足のあつたこと、被告藤原が当初作成した検査調書には、納品件名、二重煙突「LD三五」(註文書〈復〉六三〇号)数量五万呎を昭和二三年一二月一日検査した旨記載され作成日付は右同日、作成名義人が被告山口となつていたこと、右記載のうち、「LD三五」が「LD五七」追加に、右検査日及び作成日付の「一二月一日」がいずれも「九月三〇日」に訂正され被告山口の訂正印が押捺されていること、本件二重煙突の調達根拠である調達要永「LD三五」が、第五回分の納入に先立つて連合軍より「LD八〇」によつて取消されたこと、本件代金の支払いに際し、調達庁と足利工業との前記物品供給契約の註文書が「LD五七」追加に基くものと変更されたこと、足利工業が本件代金を請求する際に調達庁に提出した代金支払請求書の金額は二重煙突の数量に相当する金額より五六〇万円過剰であつたこと、も当事者間に争いがない。

(三)  そこで本件代金が支払われるに至つた経緯等について判断するに、右争いのない各事実に、成立についていずれも争いがない甲第九号証(但し被告藤原の関係部分のみ)乙第八号証の一、二、乙第一四号証の二、四、五、六、八、九及び一三ないし一七、乙第一五号証、乙第一六号証の三、四の各三、同号証の五の四、乙第一七号証の五、乙第一八号証、乙第一九号証の一、四、五、乙第二〇号証、乙第二三号証の二、乙第二五、二六号証、乙第二七ないし二九号証の各二、乙第三〇号証、乙第三一号証の二、乙第三二、三三号証、乙第三四号証の二、乙第三五号証の一ないし三、証人高橋正吉の証言によつて真正に成立したことを認めることができる乙第三五号証の四、証人高橋正吉、徳永康男、斎藤賢治、羽鳥元章の各証言、証人横田広吉の証言の一部並びに被告藤原英三本人尋問の結果を綜合すると次の事実を認めることができる。即ち、

本件二重煙突の第五回納入分五万呎は当初の納期が二回延期され昭和二三年九月三〇日迄に納入することとなつていたが右納期にも納入されず、足利工業では物価の値上りから右二重煙突の代金の価格改訂の審査を調達庁の技術局に申請していたこと、これより先在日米第八軍は日本政府に対し、昭和二三年七月九日付「LD八〇」をもつて、本件二重煙突の調達要求指令たる「LD三五」を取消す旨通告してきたので、日本政府の所轄庁である商工省及び通達庁では米第八軍担当官に対し取消困難なものを例外として存続させるよう折衝した結果、右例外を認める旨口頭で指示をうけ本件二重煙突がその中に含まれていたので調達庁は足利工業との前記契約を解除しないでいたこと、連合国軍から右例外品に対する調達要求が公文書で発せられなかつたため、前記足利工業の価格改訂の申請及びその后なされた代金支払請求はいずれも放置されたままになつていたところ、足利工業の代表権を有し、同社の総務課長であつた高橋政雄と共に、本件二重煙突について調達庁と主として交渉に当つていた同社の専務取締役高橋正吉は昭和二三年一一月同社の顧問であり且つ以前に戦災復興院次長の地位にあつて、調達庁契約局次長石破二郎同局需品部管工事資材契約課長佐野治夫経理局第二課長横田広吉、同局出納課課長補佐吉田利作等のかつての上司でもあつた大橋武夫と共に調達庁に赴き右価格改訂及び代金支払方の促進を陳情したこと、その際右大橋は右係官等に対し「LD三五」が取消されたことは日本政府と連合国軍の関係であり、調達庁と業者の契約にもとづく代金の支払の拒絶又は遅延の理由にならないことを強調したので、右大橋の意見を諒とした右石破は佐野課長から事情を聞き促進局、技術局の担当官と話合い、昭和二三年一二月三日商工省特別資材部から契約局に宛てて契約続行を指示する旨の文書を発してもらい、又同月四日契約局は促進局の係官から二重煙突の生産状況及び契約続行を妥当とする旨の文書を受領して、「LD三五」が取消されたことによつて生じた調達庁と足利工業との物品納入契約を存続させるに必要な文書を整えたこと、一方同日技術局からも増額した新価格の審査結果の通知(乙第一四号証の一六)をうけたので、契約局需品部管工事資材契約課員大曽根朝重は足利工業の社員羽鳥元章に命じて代金増額申請書を提出させ、同月八日に至り、LD三五に基く増額承認の原議書(乙第三五号証の三)を起案し、佐野課長が持廻り決裁に赴いたところ、経理局では前記横田課長を始め、他の課長及び局長すべてが本件代金の支払いを既に取消された「LD三五」に基礎をおく契約に基くことに反対し、連合国軍から取消をうけていない他のLD番号に基く契約に変更することを要求し、その旨右原議書に追書してそのまま総裁の決裁を求めたが中村副総裁は従来の「LD三五」でよいとの意見であつたため、その最終的な解決は延期されることとなつたこと、一方同月八日頃前記大曽根は羽鳥に命じて更めて昭和二三年一二月五日付の足利工業から増額申請書を「LD三五」にしたまま提出させたので、前記高橋正吉は本件二重煙突第一ないし四回の計二〇万呎の代金を前記の通り製品が完納していなかつたが前渡金的に支払いをうけえたこと、及び、同月六日頃足利工業が融資をうけている第一銀行足利支店に提出するため、調達庁経理局長から本件二重煙突代金四、二二二万二、七五〇円を同月二八日迄に支払う旨の支払証明(乙第一五号証)をうけ、しかも右代金額が後記増額承認があつた場合に支払われるべき金額に相当するにもかかわらず右証明をうけえたこともあつて、第五回分五万呎の本件代金についても、従来と同様前渡金的に支払いをうけうるものと考え、右羽鳥に命じ代金請求書を作成させ、一方同月一六日頃右請求書に添付すべき検査調書の作成方を調達庁促進部管工事資材課員石井英夫に依頼したところ、同人はその僅か前に足利工業に赴きその生産状況を知り且つ足利工業から促進部に週一回出されていた生産報告書により、同社の生産能力では昭和二三年末までには五万呎完納することの不可能なことを知りながら、右高橋に対し納入代行業者である太平商工の嘱託検査員に検査調書を作成してもらうよう示唆したので、右高橋は右羽鳥に命じて太平商工に赴かせ、被告藤原から前記訂正前の検査調書を作成してもらつて前記請求書に添付させ右同日頃調達庁経理局経理第二課に提出させた。

しかるところ前記のとおり、LDのことで調達庁の各関係局間で意見の一致をみなかつたため、右経理第二課においては足利工業の代金請求に対し、審査しないでいたが、同月二五日頃出張から帰庁した中村副総裁に前記佐野課長が意見を求めたところ同副総裁は経理局と相談するよう指示し、又同月二七日頃前記石破は右佐野に豊田調整局長に調整してもらうよう命ぜられ、右佐野は前記増額承認の原議書を持参して同局長の意見を求めたところ、同局長は意見を留保したため、同月二八日午前中に理事会を開いて解決しようとしたが、右理事会も開催されずに過ぎたこと、そして同日午後に至り右豊田調整局長が経理局と同意見である旨を明かにし右原議書が契約局に戻されたので、前記横田は、高橋正吉から同年一一月頃二重煙突の一部部品が完備していないことを聞いていたのにも拘らず、掘井技術局長の許に赴き、発注依頼書の発行方を説得したところ、技術局は契約局に対し二重煙空の未納分五万呎に対し、「LD五七」の追加として発注を依頼する旨の発注依頼書(乙第三五号証の二)を発するに至つたこと、そこで契約局においては前記大曽根が右発注依頼書に基き件名を「LD五七」追加二重煙突とする注文書(乙第一四号証の一七)を作成し(但し納期は未記入であつた。)かつ増額承認を決定して右文書を経理局に送付したところ、前記足利工業から代金支払請求書を受理していた経理第二課の需品第一係長真木定夫は請求書受理書(乙第一四号の四)同控(同号証の五)を作成し、足利工業の総務課長である高橋政雄に対し右請求書に添付された前記検査調書の記載中検査日及び作成日付が一二月一日とあるのを納期の延期申請手続を省くため九月三〇日に、LD番号「三五」とあるのを「五七」追加と訂正するよう命じたので、右高橋は前記石井英夫に対し右訂正を求め、同人から作成者である被告山口に訂正してもらうよう指示をうけ、かつ同人の紹介によつて太平商工の調達庁駐在員斉藤賢治とともに太平商工の被告藤原のもとに赴いて前記訂正を受けて右真木に提出したところ、同人は支払証明書及び同発行伺を起案して前記横田課長に送付し、同課長は右決裁のうえ経理局出納課に送付し、同課課長補佐吉田利作は当時年末で多忙を極め、関係書類を充分審理することなく経理局の支出決裁に専ら依存していた状況にあり且つ右横田から本件代金の支払いを急ぐよう促されたこともあつて、支出伺を起案し自ら同課長及び支出官たる経理局長に代つて決裁し(同人は右代決権を有していた)小切手認証係へ廻付して認証をうけた上前記本件代金の支払いを了するに至つた。

前掲乙第一六号証の三、四の各三、同号証の五の四、乙第二三号証の二、乙第二五、二六号証、乙第二七ないし二九号証の各二、乙第三〇号証、乙第三一号証の二、乙第三三号証及び証人横田広吉、石井英夫の各証言中右認定に反する部分は措信し難く他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は納入数量の調査が昭和二四年一月に至つてはじめて行われたことは調達庁の係官が未納の事実を知らなかつたことを示すものである旨主張し、右調査が右日時になつて行われたことは被告等の認めるところであるが、前掲乙第二九号証の二、乙第三四号証の二、証人田中正吉の証言を綜合すると、右調査が行われ且つ本件過払いが問題となつたのは調達庁内部における紛争が絡んでいたことが伺えるのであつて右実事は原告主張のようなことを示すものということはできず、右原告の主張は排斥を免かれない。

(四)  以上認定の事実からすれば足利工業の専務取締役であり同社の代表権を有し本件代金の請求から支払いをうけるに至るまで同社を代表して調達庁と交渉に当つた高橋正吉及び同人を補助した同社社員高橋政雄並びに羽鳥元章はいずれも本件代金の支払いをうけるにつき調達庁の係官及び原告国の支出官を欺罔して錯誤に陥れ、その錯誤によつて支払いをうけようとした意思を有していたものとは認められず、且つ又当時調達庁は連合軍から調達命令について厳重な督促をうけたため納入業者の金融難を緩和し納品の促進をはかるため製品の完成前においても書類を形式的に整えて代金の支払手続をなすことが多く、しかもそうすることが何ら違法視されていなかつたことは前掲各証拠からこれを認めることができ、本件二重煙突についても前認定のとおり第一ないし四回分については前渡金的に支払いがなされ、本件第五回分についても前記横田、石井を中心に調達庁の係官は代金支払に極力便宜を図つたのであり、このことは前掲乙第二六号証、乙第三〇号証、乙第一四号証の四ないし六、同号証の一三及び一七、乙第三五号証の二、三を綜合すると被告等が第三、(三)において主張するとおり(但し同所(c)の変更註文書に関する部分は除く。)の本件代金の支払の基礎となつた関係書類が訂正され又矛盾の存する事実に徴しても明かであるから、かかる状況のもとにおいては足利工業の前記高橋正吉、高橋政雄、羽鳥元章に本件代金の支払いをうけたことについて過失あるものと云うこともできず、その余の事実を判断するまでもなく結局同人等に不法行為の成立しないこと明かであり、従つて足利工業自体にも不法行為は成立しないものといわなければならない。右認定を左右するに足りる証拠はない。

従つて右不法行為の成立を前提とする原告の被告等に対する損害賠償の請求はその余の事実を判断するまでもなく理由のないこと明かであるから失当として棄却することとする。

三、次に原告の被告会社に対する債務不履行に基く損害賠償の請求について判断する。

本件実施要領が調達庁と太平商工との契約であること前認定のとおりであり、前掲甲第一号証の二、A四によれば太平商工は「業者の庭先において当該資材を受領して、この受領書を業者に交付する。なおこの場合代行業者は特別調達庁の検査員に嘱託せしめられた職員をして検査の上、検査調書(原本一部写二部計三部)を発行せしめ、これを業者に交付しなければならない」こととなつており、右規定から、太平商工は嘱託検査員である職員をして足利工業において現場検査をなさしめ、受領した製品について検査調査を発行すべき債務を有していたものといわなければならない。

しかるところ太平商工の常務取締役であり嘱託検査員であつた被告山口の補助者であり、太平商工の特別調達部部長代理であつた被告藤原(右は当事者間に争いがない。)は前記検査調書の発行及び訂正に際し足利工業において現場検査をしなかつたこと被告会社の自認するところであり、又前記のとおり右検査調書の二重煙突の数量が不足していたのであるから、右被告藤原の検査調書の発行、訂正は前規定に反したものであるから太平商工従つて被告会社の債務不履行になること明かである。

しかしながら前叙認定のとおり本件代金の支払いをした前記吉田利作は調達庁経理局の支払証明書に専ら信頼をおき他の関係書類を審査しなかつたのであり、右支払証明書は経理局経理第二課において作成され、その決裁をした前記横田広吉は当時本件二重煙突が完納されていないことを知つていたのであり、その他前認定の本件代金が支払われるまでの経緯に徴すると、右検査調書が発行、訂正されたことによつて原告国が本件代金の支払いをしたものということはできずその間に相当因果関係があるものとは認められない。右認定を左右するに足りる証拠はない。

よつてその余の事実を判断するまでもなく原告の被告会社に対する債務不履行に基く損害賠償の請求も理由がないから棄却することとする。

以上のとおり原告の請求はいずれもこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡成人 渡部保夫 柴田保幸)

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